
なぜ生野区で
多文化共生のまちづくりに取り組むのか
大阪市生野区。
このまちは、長い時間をかけて、多様な文化とともに生きる道を歩んできました。
さまざまな理由で海を渡ってきた人たちがこの地に根を下ろし、
文化も言葉も異なるなかで、支え合いながら暮らしてきた日々。
そこには、希望だけでなく、差別や偏見、そして時に痛みを伴う歴史もありました。
とりわけ、生野区には「植民地」「冷戦と分断」「差別と共生」の歴史に翻弄されながらも、
懸命に生きてきた多くの在日コリアンの人びとが暮らしてきました。
暮らしのなかで共に働き、食を支え、地域をつくってきた一方で、制度の壁や社会的な排除に直面し、
時には摩擦や対立もありました。それでもこのまちは、対話を重ね、小さな信頼を育みながら、
清濁併せ呑むかたちで「共にある」道を模索してきたのです。
生野区の現状:縮小と多様化が同時に進行しています
1970年には21万人を超えていた人口は、現在およそ12万7千人へと減少。2025年時点の高齢化率は28%(※1)、
区民の約4人に1人が高齢者という状況です。これは、日本全体がこれから直面する課題を、生野区がすでに先取りして経験しているということでもあります。
一方で、多様なルーツを持つ住民は確実に増加しています。 2025年時点の外国籍住民は約80カ国にわたり、31,211人、総人口の約25%を占めます(※2)。 とりわけ若い世代では外国籍住民の割合は、20代では38%、30代では29%を超え、将来のまちの姿を示唆しています。
さらに、国際結婚家庭のこどもや、日本国籍を取得した住民、その家族など、国籍の枠に収まらない
「外国ルーツ」の人びとも多く暮らしています。
※1:大阪市「行政区別・男女別・5歳階級別人口及び世帯数/2026年3月末現在)」
※2:大阪市「行政区別・男女別・5歳階級別・外国人人口及び世帯数(2026年3月末現在)」
生野区における外国籍住民の割合
2026年3月末現在
出典:大阪市「行政区別・男女別・5歳階級別・外国人人口及び世帯数(2026年3月末現在)」
総人口
127,651人

大阪市における外国籍住民の割合
2026年3月末現在
出典:大阪市「行政区別・男女別・5歳階級別人口及び世帯数(2026年3月末現在)」
総人口
2,800,553人

増える外国ルーツのこどもたち
生野区では、子どもたちを取り巻く風景も変化しています。2017年から2026年にかけて、子どもの総人口が減少する一方、外国人の子どもの数は増加しました。その結果、外国人住民の割合は、0〜4歳では12.5%から23.6%へ、5〜9歳では12.7%から19.1%へと大きく上昇しています。(※3)
保育園や小学校では、家庭で日本語以外を話す子どもも多く、教室の中に複数の言語や文化があることは、もはや「特別」ではなく「日常」となりつつあります。
こうした状況は、実はこのまちにとっては新しいことではありません。長く在日コリアンの人びとが地域に暮らし、朝鮮学校やコリアタウンが地域の風景として根づいてきたこのまちでは、“異なる文化と隣り合って暮らす”ことは、すでに日常の一部でした。
その日常は、今やさらに多様化しています。ベトナム、中国、ネパール、フィリピンなど、話される言語や生活文化は広がり、「多文化」はもはやひとつの固有名詞ではなく、日々変化するこのまちの「日常」そのものとなりつつあります。
※3:「行政区別・男女別・5歳階級別・外国人人口及び世帯数(2017年3月末現在/2026年3月末現在)」
「行政区別・男女別・5歳階級別人口及び世帯数(2017年3月末現在/2026年3月末現在)」
生野区の子どもに占める外国人割合の推移

生野区の子どもの人口変化(2017→2026)

POINT
・2017年から2026年の間に、生野区の0~4歳総人口は216人減少した一方、外国人の子どもは 390人増加しました。
・5~9歳でも総人口が373人減少する中、外国人の子どもは193人増加しています。
生野区の外国人割合の変化

POINT
0~4歳「8人に1人→4人に1人」
生野区と大阪市比較

POINT
生野区では住民の約4人に1人が外国人。大阪市平均(約13人に1人)の約3倍。

「境界を編みなおす」まち、生野
このまちは、「縮む社会」の象徴であると同時に、ちがいが交わることで生まれる、
「新しい可能性」が息づく場所でもあります。
私たちは考えます。境界が見えやすいこのまちだからこそ、それを編みなおす営みが必要だと。
なぜなら、境界は放っておけば、分断や孤立、不信を生む可能性もあるからです。文化や言葉の違いは、
理解と共感のきっかけにもなりますが、放置されれば誤解や摩擦を生むこともあります。
だからこそ、見えにくくされた非対称的な境界を見つめ直し、ほぐし直し、編みなおすことが必要なのです。
そして、できるかもしれないと。
私たちは、親の都合で日本に来た外国ルーツの子どもへの日本語学習支援や、ルーツの異なる保護者同士の子育ての会話、地域でのイベントでは複数の文化が自然に入り交じる風景のなかに、
小さな「できるかもしれない」を見ています。
それは一足飛びの解決ではありませんが、確かに共に生きる手ごたえを感じさせてくれます。
多文化共生は、遠い理想ではなく、一人ひとりが尊重され、
安心して暮らせる「当たり前の未来」をつくるための道筋です。
生野区の歴史を受けとめ、今ここに生きるすべての人とともに、静かに、着実に、
新しいまちのかたちを育んでいきたい。
未来を変えるのは、特別な誰かではありません。
「どうせムリかも」と思いながらも、「できるかもしれない」と踏み出す、
ここにいる一人ひとりの、小さな一歩なのだと信じて。

